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2011年6月23日木曜日

Wood Carving ~ 木彫りに挑戦


バリ島の建築物には様々な美しい木彫りの彫刻が施されている。お寺や美術館などだけでなく、普通の民家の塀や門柱、扉や窓枠など、至る所の木の彫刻が観る目を楽しませてくれる。観光客も壁飾り用にと、お土産に購入する人が多いらしい。アンティークの物にはかなりのお値段がついているものも! そんな木彫りに魅せられた、ということも無いが、ホテルのオプションに『木彫り体験』というのを見付け、挑戦してみた。

美しい花でも彫れるのかしら♡〜、と思っていた私は甘かった。

「じゃ、これ。」と先生から渡されたのはカメさん。それもほとんど亀の形になっている木の固まり。私の体験は、そこから凹凸をつけていく作業。

道具は日本の彫刻刀とハンマー。切っ先の部分は日本の彫刻刀と同じく、角や弧になっていて、いろいろなサイズがあるが、持ち手の部分はただの鉄。木の持ち手なんかは付いていない。左手でしっかり握って、右手のハンマーでゴンゴン叩いて木を削るんだけど、これがけっこう痛くてしばらくすると左手が腫れて来た〜・・・と、教えてくれてたおっちゃん(師匠です!)に弱音をはく私。


トンカン!頑張ってる私とカメさん

40分ほどああだ、こうだ、と頑張ってみたものの、やっぱり難しい!もうええわ〜、とギブアップ。色白の方が私の未完成作品。なんか悲しげなカメさん。。。ごめんね仕上げてあげられなくて。だって、あんた固いんだもん。。。

思い起こすと愛着が湧いて来たカメさん・・・

木彫りの難しさを実体験し、木彫りの装飾ががいっそう輝かしく見えた。売っている彫刻とかも、以前は「高〜!」とか思っていたのが、「そりゃこれくらいするよ〜」とやけに納得しながら、やけに知ったような口をきく私。うふふ、なんでもやってみないと分からない事ってあるもんですね!

2011年6月21日火曜日

Kecak & Fire Dance (ケチャック・ファイヤー・ダンス)


バリ島のウブドゥ(Ubud, Bali)で、「ケチャック」というダンスを観た。ダンスというよりは、神に捧げる祈り、という感じがした。ストーリーがあって、王子の妻が従兄弟の別の王子にさらわれて、取り返しに行くとかなんとかいうような(すんません、超あいまいで)お話。周りの裸のお兄さんたちは、『オ〜、ケチャケチャケチャケチャ、チャチャッ』と唄いながら、実はお猿のように手を上に広げてバタバタさせたりする動きをする。

ほらほら、囚われの身になってる。美しいバリのお姫様たち。

ところが、助けに来てくれるの、王子たちが。で、お姫様達もリベンジをする。

そしてダンスが終わると、お供え物の山に火がつけられて、「ファイヤーダンスをお楽しみくださ〜い!」とかって、あんまりつながりが無いようなのに、始まる。すると、木の馬に乗った男が一人いきなり出て来て、この燃え立つ火の上を木の馬で駆け抜けた!!!熱〜〜〜〜ッ(大阪のおばちゃんのノリで)と叫ばずにはおれない!!!

で、見る見るうちに溶岩のような火の粉が床一面に散らばり、メラメラと赤く燃え続ける。それを他の人がかき集め(ご丁寧にも・・・)、またその上を木の馬に乗った男が駆け抜ける!!!熱〜〜〜〜ッ!!!(私が心の中で叫ぶだけで、その男は叫んでない)それを何度も何度も繰り返していた。もう途中で怖くて心配で心臓が痛くなってきた。

『あの人大丈夫なん?』と聞くと、「トランス」に入っているから苦痛は感じない、と言う。いわゆる「離脱」したような感じなのか?訓練もしているというが、でもやっぱり観ている方が怖かった。

興味がある人は、ユーチューブで "kecak fire dance" で検索すると、出て来るので観てみてください。迫力満点です。

2011年6月18日土曜日

バリの結婚式

バリの結婚式は長い!早朝4時から儀式、儀式の連続で、花嫁さんも花婿さんも重い衣装を着けて大変そう。でも、これらは結婚第一歩の「忍耐試験」だそうだ。

朝の儀式の花嫁

バリ伝統の衣装
母なる水、生命の源なる米を頭上に授かる儀式が伝統のしきたりに従って行われる。

花嫁も花婿も記念撮影に大忙し!私たちも記念にパチリ!テンプル(お寺)に入るときは男女共にサロンを着けなければなりません。男性は頭に派手なはちまきと、サロン(長いバティック染めの巻き布)。女性はサロンとカバヤ(刺繍が施された長めのブラウス)で、「サロン・カバヤ」と呼ばれる。どうですか、二人とも似合ってるでしょ(笑!
左から私、ジャーミー、トゥリズナ、マーク

夜、最後の衣装替えをし、来客に挨拶をして回る新郎新婦。
豪華絢爛の刺繍を施された衣装に身を包む美しい花嫁と花婿

長い長い式のクライマックス。でも、観るもの全てがとても美しく新鮮で、あっと言う間に過ぎた。バリの結婚式は家族、親戚が力を合わせてする「手作り」が基本だそう。式場も一族の敷地で全て行われる(家族というのは親族全部のことを指すのがバリ式)。核家族で育った私にとって、こういう大家族を目の当たりにしたのは初めてのこと。こういう環境が社会に出て行く上での大切な人間関係のあり方を育む手助けになることは間違いない。正に家族は「社会の縮図」ということをバリの結婚式に垣間みる経験となった。

2011年6月15日水曜日

水道水が飲めることの有り難さ

毎朝置かれるお供え物

ミャンマーに引き続き、今回のアジアはインドネシアのバリ島へ。人口の大半がイスラム教のインドネシアの中で、バリはヒンドゥ教が中心の島。その宗教や今も色濃く残るバリ独特の文化・風習のあり方に、多くの旅行客が魅了されている。各家にはテンプルが何カ所か有り、毎朝お供え物が置かれる。日本の仏壇とお地蔵さんが合わさったような感覚なのか?テンプルは家の外に数カ所祭られている。

各家の塀の内側に見えるテンプル
ヒンドゥ教とバリ文化が融合した建造物
カフェの下は川が流れる

バリの人も本当に礼儀正しく親切な人が多かった。多くのアジアで信じられている「カルマ」を、バリの人々もよく口にする。「悪い事をしても良い事をしても必ず自分や家族に帰って来る」。

ただ、観光客が多いとはいえ、まだまだ発展途上のインドネシア。特に水道設備は悪く、お高いホテルでも水道水は飲めない。歯を磨くのも電気ポットで沸騰させてから使う。(ミャンマーでは2回沸騰させた。インドでは3回沸騰させないといけないらしい!)

シンガポールへ帰って一番に歯を磨いた。

「あ、お湯湧かさなくてもいいんだ・・・有り難い・・・」

と、再び私の教訓が胸に響く。"don't take things for granted"

何でも当たり前と思ってはいけないという思いを、旅をするたびに実感する。今回の旅も、素晴らしい人たちと出会い、素晴らしいものを目の当たりにし、そして自分の置かれている環境に感謝し手を合わせる思いがした。

2011年5月3日火曜日

ヤンゴン小旅行

Shwedagon Pagoda (シュウェダゴン・パゴダ) 

2,500年の歴史を持つ仏教の寺院。黄金に輝く塔は近くで観ると圧巻だが、遠くからの眺めもまた良い。深い緑の森に佇むそれは実に幻想的で美しい。連日、多くの参拝客で賑わうシュウェダゴン。私も「ビルマの竪琴」を想い出し、また戦争で命を落とされた兵士たちを想い、お香の漂う中手を合わせた。

ミャンマーと言えば、やはり私たちの世代(アラフォー)にとってはアウン・サン・スー・チーさんではないか。「軍隊政治に屈する事無く戦い続ける真に強い女性」というイメージのスー・チーさんをミャンマーの人々は「ザ・レイディ」と呼んでいる。今年の3月には彼女の政党がようやく民主主義を勝ち取った。が、しかし、議席の75%を未だ軍が閉めているということで、実質的には今も変わらず軍隊主義だという。

激動の歴史のミャンマーだが、人々は実に親切で礼儀正しいという印象だった。やはり仏教国のせいか。政治体制が軍にがんじがらめにされ、言論の自由はおろか、基本的人権すら保証されていない国の民であるはずなのに、負のエネルギーはほとんど感じられなかったのが不思議な気がした。国も旅行者への安全には至極うるさいらしく、犯罪率もとても低いという。

若い修行僧の姿

乾期のミャンマーは摂氏40度を超える酷暑。その中をそこここに修行僧たちが行く。

資源の豊富な国ミャンマー。この国の人々が昔のように豊になり、一日も早く貧困に苦しむ子供達がいなくなるように心から願う。

2011年1月17日月曜日

新年のハワイからひっそりと更新

2010年は心身共にとても充実した一年だった。
日本語教師という仕事を始めることができ、無我夢中で挑戦した、あっと言う間の一年。
そう、気がつけば年も2011年になり、ブログも10ヶ月更新できずだった。きっと友人ですら『ブログは閉じたのか』と思っているに違いない。。

今年第一号のブログは、新年早々から訪れたハワイ〜!(ワイハと書こうとして気が咎めたが、やはり素通りできなかったこの気持ち・・・悲しいかなアラフォー)

ダイアモンド・ヘッドからの初日の出


シンガポールからハワイへは(なぜだか)直行便がない。成田、香港経由などが主。フィリピン航空で行くフィリピン経由というのが距離的には一番直線の様子。しかしながら、この経由には思わぬ落とし穴がある。というのも、もし乗り換えターミナルが違う場合、フィリピンに着くと一旦入国審査を通り、入国しなければならない。そして、別のターミナルへはフィリピン市街をバスまたはタクシーで横断しなければ行けない。その支払いにはフィリピン・ペソが必要で、お金も換金しなければならず、よほど慣れていなければ、驚きの連続にもたつき、結局乗り継ぎ便に間に合わなくなるというアクシデントの可能性もある。

成田経由で行くと、7+4(待ち時間)+8=19時間。かなりの長旅だが、ハワイとなるとやっぱり行ってしまう。何度行ってもため息が出るほど美しいハワイ。


KOKO CRATER BOTANICAL GARDEN

クレーターの中に作られたボタニック・ガーデン。
中央のまん丸のサボテンはゴールデン・バレルという名前。まさにその名のとおりで可愛い。


このビヨヨヨ〜んとながい花?のようなのは、根っこにある葉っぱから突出している。この植物の名前、判らずじまいだった。恐竜みたい?
ガーデンにはプルメリアやハイビスカス、ブーゲンビリアほか、たくさんの美しい花々も見られる。

ハイキング、レストラン、海、ドライブ、と大忙しで楽しんだハワイ。シンガポールには無い、カラっとした軽い空気、青く澄んだ海、眩しい黄金色の太陽!また近々訪れたい。

2010年1月3日日曜日

Christmas Holiday in USA-Homosassa, FL-

〜ルディーに捧ぐ〜

義理ママの愛犬、ペキニーズ(Pekingese)のルディー。
何とも言えないこの顔・・・ブチャイク!

一日目、3秒まともに正視できなかった。ところが、
二日目、『なんか愛嬌あるな〜』と思い出し、なんと、
三日目、『可愛くってたまらない〜』と思うようになった。

お愛想良しで、興味深々で、甘えん坊のルディー。
クリスマスのカワイイ首輪で!




ある日のディナーの帰りに立ち寄ったバーで。

マークとママとの3人ショット。前にある「金魚鉢」かというほどに大きいグラスはマルガリータ。これ、なんとUS$4.5だったのだ。サイズも値段も知らずに“ミディアム”と頼んだらこんな巨大なのが運ばれて来るんだもの、唖然。



そしてこの後「愛国心記念日?」と疑うほどのパフォーマンスが繰り広げられ、顔が強ばる。ステージのスクリーンには同時多発テロのビデオが流され、"Remember 911" の字幕が躍り出、国歌が流れ、お客たちの中には、そう、胸に手を当てている人も・・・

ワオー、なんか怖い〜・・・
この後すぐに退散したのでありましたが、なかなか面白い夜の体験だった。
さすが「ディープ・サウス」ならではのイベントなのか。
バークレーでこういうのやったらどうなるんだろう!?



2009年12月27日日曜日

X'mas Holiday in USA --NYC--


マークの家族たちとのホリデーを過ごすべく、シンガポールから丸一日かけてニューヨークへ。マークの家族はロング・アイランド(マンハッタン下方から東西に長く張り出た島)在住だが、ここまで来て行かないわけにはいかない!とマンハッタンへ。

マンハッタンといえばなぜか"Jewish Deli"(ユダヤ系デリカテッセン)を想い起こすのは私だけだろうか。ここかしこにあるジューイッシュ・デリやコーシャーフード・マーケットはニューヨークならではの風景だと思う。中でもここ、"Katz's Delicatessen"はマンハッタンに行くと必ず立ち寄るデリ。120年続く老舗のデリはいつ行っても満員。ズラーっと長いカウンターには10人ほどのお兄さんたちが立っており、オーダーを素早く聞いてくれる。注文を聞きながらそのカウンターにぽんとPastrami(香辛料のきいた牛肉の薫製のようなもの)の乗った小皿を置いてくれる。そう、ここの名物は"Pastrami Sandwich"なのだ。


それと一緒についてくるピクルスも半端な量じゃありません。太っ腹!



ここしばらく肉類を絶っているため、今回は涙をのんであきらめた。が、もう一つの必須メニュー、"Latke"(ポテト・パンケーキ)をオーダー。細かく削ぎ切りにしたポテトとタマネギをいろいろな香辛料で味付けし揚げたもの。サワークリームとアップルソースをお好みで。



お店を出て歩くこと2〜3分。やっぱりあった!ジューイッシュ・デリ。ここは"Knish"(コロッケの分厚いようなもの)が人気のよう。マーサ・スチュワートも絶賛している!




この日のニューヨーク地方、何十年ぶりの大雪の前とあって、骨身に沁みる寒波。それをこらえて『パチッ』。



Lower East Side の町並み。久しぶりのマンハッタンはやっぱり活気があっておもしろかった。けど、こんどは春か秋に行きたいな。冬は寒すぎる〜!!





2009年11月11日水曜日

Short Trip to Bintan Island - Indonesia-



シンガポールからフェリーに揺られること約1時間。そこはもうインドネシアの小島、ビンタン。小島とは言うが、面積はシンガポールより大きい! また、この島はインドネシアではあるけれど、シンガポール政府の管轄/監視内といってもいいのか、島の北西部はリゾート専用に開発されている場所。もちろん訪れるのはたいがいが外国人観光客やシンガポール人。通貨はアメリカ・ドルまたはシンガポール・ドルが流通している。物価もこちら並みに設定されているため、インドネシア人にはとてもじゃないけど近寄れる場所ではないだろう。一風変わった小島は、そのせいか治安も良く、テロリストの標的になることも無いといえる。(だから行く事に同意したのだけど)

行く前は『ビンタン〜?うーん、なんかコテコテのリゾートちゃうの〜?』って思っていた。それゆえに、1年半経ってようやく訪れたというわけ。

到着後、港にてビザを簡単に取得。(US$10 per person)





そして、ホテルに着いてみると・・・ あら、いい感じ〜!!じゃ、ちょっくらビーチ散策でも:D なんて下りてみると、遠浅な海(が広がっている。水平線はまっすぐにのびて、周りにはヤシの木が生い茂り、南国ビーチではないか!うんじゃ、マルガリ〜タでもいただいて・・・ のんびりとプールサイドで本でも読んで・・・ そうこうしている間にディナータイム。あ、でも昼間に予約しておいたスパ・フェイシャル・トリートメントに行かねば!!

極楽ーー 体内の毒素が全て排出された。




夕暮れのプールサイドを抜けてレストランへ。BGMは波の音〜♬ 穏やかに打ち寄せる波を見ながらのディナーはまた格別。湿度も気温もシンガより少々低めで快適。





こうして、2泊3日のショート・トリップは過ぎていった。スパは、フェイシャルに続き、インディアン・ヘッド・マッサージというのも試した。やっぱり極楽ーー。

ビンタン島がこんなにもリラックスできるリゾートだったなんて!シンガ在住1年半後の新発見になった。まだまだ行ってないところ、知らないお宝地が、シンガポールの周りにはたくさんあるんだろう。食わず嫌いを辞めてチャンスがあればいろんなところに行って見ようと思った。


2009年7月29日水曜日

ベトナム〜ハノイ〜小旅行


出不精の私にマークはいつも「せっかく東南アジアのど真ん中シンガポールに住んでいるんだから、週末を利用して小旅行へ出かけよう!」と小うるさい。今回も実のところ“渋々”オッケーしたハノイへの小旅行だった。でもせっかく行くんだからと気を取り直し、いろいろとリサーチを始めた私。

シンガポールから北へ約2,196km(約1,365mile)のハノイへはおよそ3時間半のフライト。フランス植民地時代
(French Colonial Empire)の様子を色濃く残すハノイは建物をはじめ、カフェなどの文化も根深く残っていてヨーロッパムード満点かも・・・などと思いを馳せていた。着陸前の上からの風景も、豊かな緑に赤い屋根の家が点々とかわいい。うん、なんかいい感じ〜なんてウキウキしてきた。が、しかー
し!!

まず失敗したのが行った時期。夏のハノイは平均気温摂氏33度+超高湿度。シンガポールから行っているにもかかわらず、まずはそのヒートにおののく。

そして空港から予約していたタクシーに乗り込みホテルへ向かう。その道のりで見たものは、バイク・バイク・バイクの群れ
。その群れははっきり言うて全員アナーキー。信号もなにもあったもんじゃない。2人乗りから5人乗り〜!? お父さん、赤ちゃん、子供2人挟んでお母さん!家族全員で1台の原付バイクに乗ってるんかい〜!しかもその群れ全員がプープーププー!!!とホンク鳴らしっ放し。「あ、あたる〜〜〜!!!」と悲鳴にも近い叫びを心の中繰り返していた私は身も心も硬直でホテルに到着した。


雑踏の中のホテルは昔きっとフラ〜ンス人が贅沢〜に暮らしていたであろう所謂“フレンチ・コロニアル”建築。一軒の幅は極めて狭く、しかしながら奥に深い“うなぎの寝床”というのに似ている。というのも、植民地時代、高い税金が課せられたらしいが、その税金が一軒の幅により決められていたという。それを少しでも低税にするための“抜け穴”発想から産まれたのがこの狭い間口に奥深の家らしい。中は豪華で床や階段には大理石が使われていたり、1〜5階まで吹き抜けていたり、最上階には広いテラスがあったりと、優雅な時代を思わせる。

街中にはそんな植民地時代を思わせる建築が多く見られる。が、残念なことに美しいであろう建物は、掃除もされていなければメンテナンスもきっとされていないのだろう、荒れ果ててしまって、外壁もネズミ色に汚れてしまっているものも少なくない。そして優雅にお茶を飲みたいテラスには無数の洗濯物が干してあったり・・・微妙な景色・・・

あとビックリしたのが、歩道で食事をする人たちの多いこと多いこと!何故かはついに聞けず仕舞いでしたが。。。それ
に食べるだけでなく調理まで歩道の上。で、その調理ゴミとか食べ残しとか道ばたにいっぱいあるわけで、それがまた腐っちゃって臭うわけ。

いやいや、せっかく来たんだからと、気を取り直し食事へ。ベトナム料理は大好き!ニューヨークでもカリフォルニアでもベトナムのスープ麺、美味しい“フォー”を探し求めていた。今回もレストランの下調べは入念にして行った。本場のフォーがいただける〜!!!ということでお目当てのレストランへ。お味は本格スープがとてもさっぱりしていて美味しい!アメリカのみたいにMSGをふんだんに使ってないですねーっていう、とっても良い味でした。米の麺はアメリカのそれよりも少し平たくてとってもやさしい柔らかさ。バジルやもやしが生で出て来ることは無く、スープにはほうれん草のようなお野菜がたくさんに入っていました。これには大満足でした。生春巻きもすごく新鮮で美味でした。(もちろんレストランにも当たり外れはある。行かれる際にはある程度の下調べをお勧めします:D)

その他のお楽しみはショッピング。オーダーメイドのワンピース、シルク製品、アジアテイストの雑貨など、買い物に出ると時間がいくらあっても足りません!!そして疲れたらUS$6の足底マッサージで一休み。そうそう、アメリカ・ドルがとても頻繁に使われているのには驚いた。持っていると重宝です。

う〜ん、しかし初めてのハノイ、微妙だったな。なんか初めてアジアを見たのかな、というのが正直な感想。けっして美しい景色とかだけではなかった。(田園風景は良かったが)。人々の暮らしぶりを見ても、やっぱりまだまだ発展進行国という感じ。反面、貧富の差が年々広がっている事実もあ
るらしく、これからどういう形で発展していくのか楽しみとも言える。
       


最後の夜、カフェでベトナム・コーヒーをいただいた。濃厚なフレンチローストに練乳(コンデンスミルクね)を入れて。これもとっても美味でした。




シンガポールに到着し、タクシーで自宅へ向かう途中にハッと気づく・・・シンガポールって先進国だったのか・・・と。

2008年9月27日土曜日

マレーシア・ランカウイ島


シンガポールのチャンギ国際航空から1時間20分で、マレーシアのランカウイ島に到着。タイとの国境のすぐ下側にあるこの小さな島は、マレーシア人をはじめ、近隣諸国からも多くの人々が寛ぎを求めてやってくるヴァケーションの地だそうです。

私たちが訪れたのは、島の最北西に位置するDatai Bay(ダタイベイ)。エメラルドグリーンの遠浅の海、白いパウダーの様な砂と細かく砕けた貝が入り交じった砂浜は、なんとなく金色に輝くようで、ほんとに美しい光景。あまりのパウダリーさに、砂浜を歩くとキュッキュッと音が立ちました!

穏やかな海で、カヤックにも初挑戦!ひっくり返ることもなく、無事に向かい側の孤島まで到着。透明の水を透かして海底がず〜っと見えてました〜!(浅いからかな)他にもゴルフ、クラフト見学、ケーブルカーと絶景、レインフォレスト探索、スパ、ショッピングなどなど、大人も子供も楽しめるリゾートです!

今回は、もっぱら浜辺で波の音に浸りつつ、マルガリータを満喫した究極のリラックス旅行になりました。みんなには波の音のお裾分けです!!