2010年2月28日日曜日

昭南神社跡地への探検〜シンガポール〜

昭南島(しょうなんとう)−−−1942年、日本軍がシンガポールへ侵略した当時、この南の小島をそう呼んだらしい。そこに、戦死者を追悼するために建立されたという昭南神社。現在は地図にも載っておらず、ジャングルの中に放置されている状態の神社跡地を見るべく探検に出かけた。



シンガポール中央部に位置する貯水池 (Central Catchment Nature Reserve {Macritchie})、通称マックリッチー。この貯水池をぐるりと囲むように作られたハイキング・コースを約1時間ほど歩いた所に、誰が印をつけたのか大きな置き石に赤い丸印が。どうやらそこが神社跡地へと続く道無き道の入り口らしい。もちろん案内図にはなにも載っていない。コンパスと誰かがつけたらしい赤いテープが頼り。木々に覆い尽くされた森林。一つ間違えると迷ってしまう。



道なき道を進んで行くことおよそ2時間、石造りの階段が目の前に現れた。やっとそれらしき物を見つけ心は弾む。しかししんどい。

階段を上がりきったところにお清めに手を洗ったり水をいただいたりする瓶のようなものがあった。
神社の土台だったのか、石の床下のようなものが地面下に。どこもかしこも木や草に覆われていた。
物見台からの景色。この森の中を歩いたんだな。。。よく蛇に噛まれることも無く、怪我もせず帰ってきたものだと思った。


1945年の終戦と同じくして、この神社は取り壊されたという。こんな南の島まで日本軍は侵略をし、数多くの大切な命が落とされた。そう思うとそこに立ち、悲しく複雑な気持ちになった。戦争という愚かなことの為に命を落とした全ての人に冥福を祈りたい。

2010年2月11日木曜日

TABBOULEH 〜タブレー〜

お肉類から遠ざかってから約半年。体にはとっても良い事をしているという満足感はあるものの、メニューを考える段になるとレパートリーが少なくて困る事もしばしば。自分だけなら和風の煮物と白ごはんでオッケーでも、マークにはちょっと物足りない味だし、どうしても一緒に楽しめるものを作りたい、と思う。そこで活躍してくれるのがインド料理や地中海料理のメニュー。香辛料やハーブをふんだんに取り入れるという特徴があり、味に深みがあって「食べた感」が大きい。

最近気に入っている一品はアラブでは定番のサラダ、『タブレー』。サラダとはいっても"bulgur wheat"という小麦が入るため、サイドにもメインにもなり得る。トマトの甘みとレモンの酸味をオリーブ・オイルで包んだような、本当にフレッシュな味。自然の恵みを一つ一つ味わえる、というようなサラダです。どんなメインにも相性よしのタブレーを自分流にアレンジして。

"Bulgur wheat"の入手が困難であればクスクス"couscous"の代用がお勧めです。でもクスクスの場合調理が必要になるので、ワンステップ手間になるけど。でも味はいけます!



クスクスをスープ+オリーブオイル+バターで調理したもの。
フォークでほぐしてパラパラにする。



トマトとパセリとミントを小さく切ったもの。



オリーブ・オイル、レモン汁、S&Pで和える。
メインのサラダとしても良し。
ガーリック・ブレッドを添えれば立派なランチに。
ブラッド・オレンジやグレープフルーツジュースと相性よし。


付け合わせとして(ご飯の代わりに)も良し。
シャキっと冷えた白ワインが合います。


材料(2〜3人分)

A:クスクス

1/2 cup couscous
1/2 cup broth (お好みのを使ってね)
2 tbsp olive oil
1 tbsp butter

スープを煮立て、そこにオリーブ・オイルを垂らし、弱火にしてからクスクスを入れる。軽く混ぜて30秒〜1分煮る。火から外し蓋をして3分蒸らす。バターを溶かし入れ、サクサクっとフォークで混ぜる。常温で冷まして置いておく。

B:野菜

juice of 1 lemon
3 tbsp olive oil
2 cup curly parsley chopped(好きなだけ)
1/2 cup mint chopped(好きなだけ)
2~3 tomatoes or cherry tomatoes
salt and pepper to taste

Aとざっくり混ぜ合わせる。レモンジュースもその他の材料も、好みで増やしたり減らしたりして、自分の好みの味を見つけてね!

C:オプション

Green (bell) pepper
Black olive (pitted)
Spring onions


2010年2月8日月曜日

これからの経済と先行きは・・・

去年の末から「里帰り」が続き、ちょっと旅疲れが出そうな今日この頃。ニューヨークでもフロリダでも大阪でも、人々が口にしていたのはやっぱり不景気のこと。なんとなくショッピングモールの賑わいも活気が足りない感じがしたのは気のせいか。大阪でも、心斎橋の目抜き通りに位置していた老舗の百貨店『そごう』が締まり、なんだか寂しい気持ちになった。繁華街にも関わらず、人通りが少ないなーというのが印象だった。

それに比べてここシンガポールはというと、人が多い!現在人口約4百万人がこの小島に住んでいるが、シンガポール政府は以後10年間に、人口を8百万人に増やす計画をしているという。倍!しかもそのほとんどは中国本土からの移民だ。

アパートやコンドミニアムの建設ラッシュに留まらず、先日島の南に位置するマリーナ地区とセントサ島にカジノ・ホテルがオープン。旅行客の集客を期待しているのだろうが、ギャンブル好きの中国人もよい顧客になる。しかし、ギャンブル好きの中国系の人々を、その被害から守ろうと、入場に際してはいわゆる「問診票」のようなものに記入させられるらしい。そして、家族に賭け事常習者が居る場合、入場できないとか。なんだか矛盾しているような気もするが。このカジノ施設、どのような人気スポットになるのかが見物だ。

また、ショッピング/旅行客というところにも著しい違いは見慣れない。古いショッピン・グモールが次々に立て替えられ、新しいものがオープンしている。街はいつも人ごみに溢れ、活気がある。

こうしてみると、年々、出産率の低下が進み、若者が減少する日本とは対照的に、シンガポールに居ると『人口は国勢につながる』ということを目の当たりにしている気がする。


2010年1月10日日曜日

年が明けて思う事


新年を迎えたといって特に変化もなく、又、時間も容赦なく同じペースで過ぎ去っているのだが、今年はこの限りある時間を有意義に過ごしたいという想いがいつもの年より大きい。しかしながら、そうは言ってもいつもいつもイベントを企画したり、すべてのことがプロダクティブ(生産的)であるということが、有意義というものでもないのかなと思ったり。あまりに漠然とした発想だからなのか、毎年の「抱負」に挙がるものの、こうすれば有意義に過ごせるという答えは未だに出ない。が、まずは一日一日を大切に過ごすということから見つめ直そうと思う。

そんな想いの日曜日、早起きし、ジョギングを3キロ半ほどさらりと楽しむ。犬のお散歩にて全速力で走る恵とカーロを見て嬉しくなる。うん、まずまずのスタートではないか。

続いて食品の買い出しへ。よく行くホランド・ヴィレッジ(おシャレなレストランやショップが多く立ち並び、外国人たちも多く住む街)だが、今日は気分を変えてメインエリアから道路を一本隔てた"Jalan Merah Saga"というストリートへ。レストランではなく、イタリアン・デリの"Da Paolo"でマッシュルームとイエローパプリカのピザと冷えた白ワインを買い、表のテーブルで外ランチ。コルクも抜いてくれて、プラスチックのカップもくれた。メインエリアから一本道路を挟んでいるせいか、閑静な住宅街に位置するこの通りは、メインエリアのように騒々しくなく気持ちも落ち着く。






マークと近い将来のことを話しながらのサンデー・ランチ。ゆっくりと流れる時間を存分に満喫できた日曜の午後になった。



2010年1月3日日曜日

Christmas Holiday in USA-Homosassa, FL-

〜ルディーに捧ぐ〜

義理ママの愛犬、ペキニーズ(Pekingese)のルディー。
何とも言えないこの顔・・・ブチャイク!

一日目、3秒まともに正視できなかった。ところが、
二日目、『なんか愛嬌あるな〜』と思い出し、なんと、
三日目、『可愛くってたまらない〜』と思うようになった。

お愛想良しで、興味深々で、甘えん坊のルディー。
クリスマスのカワイイ首輪で!




ある日のディナーの帰りに立ち寄ったバーで。

マークとママとの3人ショット。前にある「金魚鉢」かというほどに大きいグラスはマルガリータ。これ、なんとUS$4.5だったのだ。サイズも値段も知らずに“ミディアム”と頼んだらこんな巨大なのが運ばれて来るんだもの、唖然。



そしてこの後「愛国心記念日?」と疑うほどのパフォーマンスが繰り広げられ、顔が強ばる。ステージのスクリーンには同時多発テロのビデオが流され、"Remember 911" の字幕が躍り出、国歌が流れ、お客たちの中には、そう、胸に手を当てている人も・・・

ワオー、なんか怖い〜・・・
この後すぐに退散したのでありましたが、なかなか面白い夜の体験だった。
さすが「ディープ・サウス」ならではのイベントなのか。
バークレーでこういうのやったらどうなるんだろう!?



2009年12月27日日曜日

X'mas Holiday in USA --NYC--


マークの家族たちとのホリデーを過ごすべく、シンガポールから丸一日かけてニューヨークへ。マークの家族はロング・アイランド(マンハッタン下方から東西に長く張り出た島)在住だが、ここまで来て行かないわけにはいかない!とマンハッタンへ。

マンハッタンといえばなぜか"Jewish Deli"(ユダヤ系デリカテッセン)を想い起こすのは私だけだろうか。ここかしこにあるジューイッシュ・デリやコーシャーフード・マーケットはニューヨークならではの風景だと思う。中でもここ、"Katz's Delicatessen"はマンハッタンに行くと必ず立ち寄るデリ。120年続く老舗のデリはいつ行っても満員。ズラーっと長いカウンターには10人ほどのお兄さんたちが立っており、オーダーを素早く聞いてくれる。注文を聞きながらそのカウンターにぽんとPastrami(香辛料のきいた牛肉の薫製のようなもの)の乗った小皿を置いてくれる。そう、ここの名物は"Pastrami Sandwich"なのだ。


それと一緒についてくるピクルスも半端な量じゃありません。太っ腹!



ここしばらく肉類を絶っているため、今回は涙をのんであきらめた。が、もう一つの必須メニュー、"Latke"(ポテト・パンケーキ)をオーダー。細かく削ぎ切りにしたポテトとタマネギをいろいろな香辛料で味付けし揚げたもの。サワークリームとアップルソースをお好みで。



お店を出て歩くこと2〜3分。やっぱりあった!ジューイッシュ・デリ。ここは"Knish"(コロッケの分厚いようなもの)が人気のよう。マーサ・スチュワートも絶賛している!




この日のニューヨーク地方、何十年ぶりの大雪の前とあって、骨身に沁みる寒波。それをこらえて『パチッ』。



Lower East Side の町並み。久しぶりのマンハッタンはやっぱり活気があっておもしろかった。けど、こんどは春か秋に行きたいな。冬は寒すぎる〜!!





2009年12月7日月曜日

GOAL!


無事怪我なく10km完走!達成感120%!!


スタート前。不安と興奮と、ランナーたちの熱気に包まれた女子10kmスタート地点。DJブースから勇気づけの歓声とアップテンポの音楽が流れ、ここでアドレナリンが一気に体内に流れ出すという雰囲気。
スタートは Esplanade Drive。City Hall エスプラネード(通称ドリアン)とフラートン・ホテルの間のブリッジから。
ラッフルズ、マリーナ・ベイと南へ下り、ECP(East Coast Parkway) を東へ。その後北上してブギスへ。そこからU-ターンのかたちで大観覧車下を通り抜け、再びCity Hallへ。

通行止めの道路を走るのはかなり壮快!(車の人には悪いけど!)それに道ばたからの声援がこんなにも元気づけてくれるとは。感謝。

6km地点まではけっこう余裕だったが・・・

7km地点辺りから頭を脈打つような感覚にとらわれる。酸欠の前触れ。

8km地点、お尻と脚の付け根にかなりの疲労感でペースダウン。

9km地点、ただひたすらゴール目指して脚を動かすのみ。

どうしても歩きたくなかった。だって一度歩いてしまうともう走れなくなるのがわかっていたから。そしてスタートから約 1:15 完走で FINISH!


見てください、4人の誇らしげな笑顔を。

このレースに参加しようと誘ってくれたみきさんと旦那さんのクリスさんも完走!目標を持って走ることの喜びを知るきっかけをくれた。ほんとにありがとう! 

そして共に練習してきたパートナー、マークも完走! また来年向けて一緒にがんばろう!


あ、追伸:

ちなみにわたくしこのしばらく後、急な吐き気に襲われダウンいたしました。アハ!いわゆる『激しい運動の後の酸欠』だったようです。あしからず。








2009年12月5日土曜日

友人 RIKO


10年前になる。NYCでの語学遊学中、同じコロンビア大のAmerican Language Program で知り合ったのがきっかけで、現在も良き友人のリコから久しぶりに連絡があった。嬉しい!

まるで太陽のような女性。いつも燦々と大地を照らす太陽のように周囲の人を明るくさせ、曇りがちな気分のときもまるで光合成させてくれるように、話せば呼吸できるようになる!みたいな元気をくれる。でもさすがに太陽だけあって、時には火傷をおわす事もありそうなピリっとしたところも持ち合わせている。火傷をおわされた異性も数少なくないだろう。(勝手な想像、アハ!)

デザイン畑出身の彼女、数年前には日本進出時の“Banana Republic”を手がけ、最近ではパリ進出の“ユニクロ”を手がけていたというではないか!それに留まらず、去年は念願の会社設立を果たしたという。素晴らしい! 一歩一歩、着実に人生の階段を踏みしめるように昇るリコ。そんな彼女の友人でいられることがとても嬉しい。

私がニューヨークを発つ前、最後の晩餐を二人で(写真)。なぜかコリア・タウンでの韓国料理だった(笑)! 出発当日は一人発つ私を見送りに来てくれた人情深いリコ。これからの彼女の益々の活躍を祈りつつ、末永く良き友人であり続けられますようにと願う2009年暮れであった。